上原浩治元巨人軍投手の背番号はなぜ19番なのか?
昨年のオフシーズンにFA宣言し、米大リーグのメジャーリーグを目指していた元ジャイアンツの上原浩治投手は、オリオールズに入団が確定的となったようです。
オリオールズは巨人時代に上原投手がつけていた背番号19番を用意して、歓迎するようです。
本拠地はメリーランド州ボルチモアにあるオリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズで、地元では早くも、「上原デー」の開催を検討するなど、盛り上がりを見せているようです。
ところで、上原選手はなぜ背番号19番にこだわるのか?
それは、上原さんの選手としての生い立ちが大きくかかわっているようです。
上原選手は小年野球・中学野球を「寝屋川アスナローズ」という軟式野球チームで過ごしました。
通っていた中学校に野球部がなかったため、部活では陸上部に入っていました。
その後、東海大学付属仰星高等学校に入学して野球部に入部し、高校球児として野球に打ち込みました。
高校野球時代は外野手と投手を兼ねていましたが、当時のエースは現在北海道日本ハムファイターズに在籍する建山義紀で、上原選手は控え投手だったのです。
高校時代はクラスメイトに建山選手のほか、ラグビー全日本代表の大畑大介選手もいました。
高校卒業後は、大学を受験しましたが合格できず、浪人して大阪体育大学に入学したという、プロ野球選手、それもドラフト一位選手としては異例の経歴を持つ選手です。
実は、この浪人時代が背番号19番の秘密なのです。
浪人時代は、工事現場でアルバイトをしながら勉学に励み、同時にトレーニングをするという辛い毎日だったようです。
上原選手にとってはこの経験が後の選手生活に大きな影響を及ぼしているそうで、その苦しかった19歳の時のことを忘れないように、背番号19番をつけているのです。
大学に入ってからの上原は、今までのうっ憤を晴らすかのように大活躍。
全日本にも選ばれ、国際大会でも活躍し、1998年に読売ジャイアンツからドラフト一位指名されるまでの投手と成長しました。
自らを「雑草魂」と表現する上原選手が、いよいよ大リーグメージャーに挑戦します。
巨人ファンの私としては、少々残念ですが、嬉しさの方が大きいです。
ぜひ活躍してほしいと思います。
がんばれ!上原!!
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